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  • 2010.07.14 Wednesday
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時をかける少女

時をかける少女「時をかける少女」はこれまでに何度も映像化されているが、2010年にもまた映像化されることになっている。
なっているというか、すでに映画は完成しており、公開は3月13日である。
仕事の関係で試写を拝見する機会があったので、見てきた。

主演はアニメ版「時をかける少女」でも主人公の声を演じた仲里依紗。
とはいえ、アニメの主人公は原作の主人公の姪である真琴であったが、今回は姪ではなくて、娘であるあかりが主人公になっている。

母親役が原田知世だとすごいのだが、今回は安田成美が演じている。
ケン・ソゴルは劇団四季出身の石丸幹二。あかりの相手役となるのが中尾明慶。それ以外のキャストはさほどビッグネームではなく・・・。
どうしてキャストから説明するかというと、物語は佳作であるにもかかわらず、キャストが弱いのだ。
もちろん主人公の仲は若手女優のなかでも人気の高い女優ではあるが、まだまだ知名度が低い。
新年にあった叔母(53歳)に仲里依紗のことを話したら「だれ?」とのこと。
若い世代にはそこそこ知名度もあるかもしれないが、40代50代にはほとんど知られていない。
まだ代表作となる作品がないせいもあるだろう。

そしてその相手役の中尾だが、こちらも代表作といえば「ルーキーズ」くらいで、しかもルーキーズは若い世代での人気こそ高いが、こちらもシニア層には知名度が低い。
安田成美は著名ではあっても人気という点で言えば最近はドラマ出演なども減り、その名前だけで多くを映画館へ呼び込むには力不足といわざるを得ない。

このキャストで展開する物語は、精一杯頑張ってもどうしても見ごたえという意味では劣ってしまうのはやむをえないだろう。
とはいえ、仲里依紗は本作でいかにも現代の女性高生らしい口調、態度で新しい時かけの主人公を作り上げたと思う。冒頭あたりではそれがかえって鼻につくのは事実だが・・・。
ただ、冒頭から中盤にかけてのお気楽女子高生あかりとクライマックスのあかりのメリハリがそれでかえってきわだって、いい結果を生んでいる。

一方、相手役の中尾は1970年代の大学生という設定にふさわしい古風な顔立ちが悪く言えば「地味」すぎて、あかりが惹かれていく説得力が薄かったように思う。
岡田将生のようないわゆる今の時代のイケメンをもってくると、現代の女子高生あかりとバランスが取れてしまうせいなのだろうが、バランスの悪さがあだとなり、恋仲になっていく過程を観客がうまく汲み取れない気はした。小さなコタツに二人で入ったり、銭湯に「神田川」のように通う姿でその時代をあかりが楽しんでいるのはわかったのだが、それが恋なのかタイムリープしたことによる好奇心なのかをもう少し描けたらなぁと思う。

前述したが、この話のクライマックスは非常にドラマチックで泣ける。
試写室で隣の女性も泣いていたくらいだ。伏線がここで一気につながって不穏な空気が流れる展開は個人的にはとてもよかったと思う。ただ、タイムパラドックスを引き起こさないために事故を静観するという理屈はどうなのかな、と。
記憶を消すことができるなら、事故にあう(はずの)人の記憶を消して、別の人間としての人生を歩ませることもできるんじゃないかなぁと。それで人命を救うことが出来るとしたら、そちらを選んでほしいなと思った。
あと、ケンソゴルは記憶を消すことで整合性をとることができるようだが、その時代にタイムリープしただけで少なからず影響は出てしまうと思うから。
たとえば、ケンソゴルを見かけた人。ケンソゴルは気づいていなくても、見かけたことだけでも歴史が変わる可能性はあると思う。なのに、自分と直接かかわった人の記憶だけ消したところで整合性はつくのだろうか?

なーんてそういうところを細かく見ていくときりがないのだが、クライマックスはとにかく泣ける佳作なので、仲里依紗ファンならぜひみにいっていただきたい。
彼女の制服姿はとてもよいです。


カールじいさんの空飛ぶ家

評価:
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ウォルトディズニースタジオホームエンターテイメント
¥ 2,280
(2010-04-21)
コメント:じいさんかわいいな

PIXERの最新作。
特番に宮崎駿がでたりしているのも宣伝としてはうまいと思う。
絶大な人気を持つアニメ監督がほめている作品、これほどの強力な宣伝はやろうと思ってもなかなかできない。
まぁーディズニーならできるのかな。ただ、そうしょっちゅうは出来ないと思うけど。

こちらもアバターと同じく3Dで鑑賞。
何が一番立体的に見えたかっていうと、映画が始まるときに流れるディズニーのシンデレラ城かな。
本編ももちろん3Dなんだけど、アバター同様立体的であることを意識するのは最初の30分くらいまで。特に最初の10分くらいは視点のあわせ方がよくわからず酔いそうになる。
でも、それ以降は3Dであることを忘れてしまうというか、意識になくなってしまう。
物語の世界に入り込んでしまっているせいなのか、ほかの観客も「あんまり3Dって感じしなかったね」と見終わった後喋っていた。
どれだけ技術が進化しても、人間自体の能力は技術と共に進化するのではなく、アナログのままなので、3Dという技術を享受するには「3Dメガネ」が必要、というのがもどかしいところ。
攻殻機動隊の世界のように、人間も一部デジタル(電脳?)化すればメガネもいらないだろうにね。

と話がそれました。

じいさんが妻亡き後、自立するまでの大冒険を描いているのだけど、その大冒険がタイトルよろしく「風船をつけた自宅」に乗っていくというのだから、すごい。
自宅が立ち退きにあっているから、家ごと飛び立つって発想が大胆だなー。
でももっと意外だったのが、最終的な立ち退きのきっかけが再開発担当の工事業者を殴って怪我をさせてしまったため、っていうところ。

まぁ悪意はなかったとはいえ暴力沙汰きっかけで老人ホームにいくことになったという展開にちょっと嫌悪感が・・・。でも、老人って悪意がなくてもこういうこと起こしちゃうってことあるだろうなとかは思います。(老人じゃなくてもね)

風船をつけた家に乗り、途中からその家を引っ張りながら目的地を目指すじいさんに降りかかるアクシデントの数々。
それが最終的にじいさんが亡き妻の思い出だけに浸るが故の冒険から、思い出から脱却するための冒険へと変わっていくさまはさすがだなぁと思った。
もしこれが亡き妻との思い出に浸ったまま、亡き妻と夢見た土地にたどり着いていたら、それはそれでよいかもしれないけど、このじいさんのその後が空っぽになってしまう。
亡き妻が望んでいたのは、自分との思い出だけに浸り、生きていくのではなく、自分との思い出に新たな思い出を積み重ねて彼自身の人生を歩むこと。
目標が変わることで、この冒険は終わりへのスタートではなく、始まりへのスタートになったのだ。

エンドクレジットで人生を謳歌するじいさんのすがたはとてもほほえましい。

ただ、なんかよくわからないけど、全体的にぐっとこないんだよなぁ。
回想シーンはすごく感動的だったんだけど、それ以降は結構さらっとしていて、胸に来るものがなかった。感動大作ではなくて、ほんとうにじいさんの冒険活劇なので感動すること自体正しくないのかもしれないけど。


アバター

評価:
---
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
¥ 1,980
(2010-04-23)
コメント:ビジュアルが日本人には非常に受け入れにくいとおもう。

3Dでみた。
以前、まだ完成していない段階で15分ほどの映像を3Dでみたんだけど、そのときは3D映像のすごさに圧倒された。
でも、多分これって30分くらいみていると慣れちゃうんだな。
完成した本編をみたら、途中から3Dであることを忘れてしまっていた。
2009年は3D元年というだけあって、いろいろな3D映画がでたけど、3Dは映画の最終的な評価を左右するものではなくて、あくまで視聴方法の1つなだけであって、結局は作品の脚本、演出など今までの映画の評価の基準となるものに影響を与えるものではないと思う。

ということで、結論から言うと、すごく無難にうまくまとめているという感じ。
良いお手本を見ているというか・・・。
かゆいところに手が届くというか・・・。
ひとことでいえば優等生な作品だと思う。
惑星に生活する原住民のしなやかさな体、幻想的な植物、ロボットのような動物の俊敏な動き・・・。
どれをとってみてもCG(モーションキャプチャー?)の進化には目を見張るものがある。
今回特に人物の表情も演者の顔だけで100近いセンサーをつけて微細な表情の動きをキャプチャーしただけあって、(ほぼ)すべてがCGであることを忘れてしまうほどだった。
そして、その映像のすばらしさにあわせて物語も起承転結が実にきれいにまとまっており、伏線も無理なく最後にはまとまっていくさまは賞賛に値すると思う。
また、2時間40分もあるとたいてい途中でわれに返ってしまうのだが、物語のテンポもよかったので気にならなかった。

ただ、ここまで良い作品でありながら前作ほどの大ヒットにつながっていないのは、そのビジュアルのせいではないだろうか。
青く、コアラのような鼻をした原住民の姿は初見ではかなりインパクトがあり、特に私の知り合いの女性の多くが「なんかきもちわるい」と不評だった。
これがもし肌色で地球人(?)として見目麗しきビジュアルだったならば、おそらく「タイタニック」でジェームス・キャメロンを知った人の多くの女性も映画館に足を運んでいることと思う。

たしかに、人間とは全く別のビジュアルにしないことにはアバターを使う必要性がなくなってしまうだろうし、地球外の生物なのに、ビジュアルが同じではおもしろくないだろうが、これが作品の興行成績に多大な影響を与えてしまっていることは想像に難くない。
アメリカなど多人種の国ではあまり気にならないのかもしれないが日本では特にこれの影響は大きいと思う。

あと、個人的に気になったのは、地球外の星にある資源を採掘するために原住民が邪魔だと、最初は懐柔作戦の一環として薬、教育を与えたが、うまくいっていないという設定だ。
懐柔作戦として主人公が星に到着して、原住民と会話をする際に、原住民が片言の英語を話すのだが、途中からは非常に流暢な発音で英語を話しているのだ。
優秀な人種なのかもしれないが、いきなりやってきた他の星の人間が教えた英語を素直に受け入れ流暢に喋るというところに、いささかの違和感を覚えた。
日本人が英語を喋るのさえ難しいのに、ほかの星の人種があれだけ流暢に喋るのって・・・。
これは意思疎通ができてこそ物語が展開するのであって、やむをえないのだろうけど。


ということで、満点とはいいきれず・・・

★★★★☆


ゴールデンスランバー

評価:
---
アミューズソフトエンタテインメント
¥ 3,618
(2010-08-06)

http://www.golden-slumber.jp/


2008年本屋大賞となった本作は人気作家伊坂 幸太郎が原作の作品である。
最近の原作本の受賞後の映画会社による映像権の争奪戦が著しいが、この作品もかなりの争奪戦だったようで世間のブログをみると「映画化に30社以上」が名乗りを上げたそう。

本作の主役は堺雅人演じる青柳という名の青年。
彼がある日突然無実にも関わらず首相暗殺の実行犯として指名手配され、仙台の街を逃げまくるといういわゆる逃走劇である。
2時間20分近くある本作で主人公青柳を演じる堺はひたすら走りまくっている。仙台の街を走り抜けるロケはさぞかしたいへんだったろうなと思いつつ。

さて、本題。

実は私、この映画の原作を読んでいない。
全くの予備知識無しで拝見した。

一言で感想を述べるなら、「悪くないけどとにかく長い。」というところか。
原作は大ヒットした小説であり、人気俳優が主役、監督は、『アヒルと鴨のコインロッカー』『フィッシュストーリー』でこれまでにも伊坂ワールドの映像化を手がけた中村義洋ということで、期待度も高いのは当然なのだけど、小説を丁寧に映像で描き直していった結果、やや中だるみに近い印象を受けた。
もちろん小説のほうが映画より詳細に描かれているので話としては長いのだけど、映像化するにあたって、もう少しかいつまんでもよかったんじゃないかと思えるような気がしたのだ。
原作を読んでないのに。

どのシーンも重要ではしょれないのは重々承知だが、それでも監督や脚本の力量でそこをうまくまとめてもらえたらもうすこし集中してみれたかもしれない。
そもそも集中が切れるのは多分小説でも読者が指摘している「都合のよさ」のせいかもしれない。
どうして主人公が青春時代に友達が利用していた原っぱの自動車(しかもバッテリーが上がって動かない)に向かおうとするのか、そして青春時代の元恋人がどうしてバッテリーあがりの車に主人公がくるかもしれないと、新しいバッテリーを持って古い車に向かいバッテリー交換をするのか、これだけに限らず、理由が明確ではない偶然の重なりが物語に必須のエピソードとして組み込まれている。
偶然は偶然なりの弱いエピソードに組み込むか、大事なときだけに組み込まないと、物語自体の進行において重要な部分が偶然続きだと、みているこちらはしらけてしまう。
つまり、この部分で集中が切れてしまうのだ。

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食堂かたつむり

評価:
小川糸,高井浩子
キングレコード
¥ 2,926
(2010-09-01)

★ネタバレです。

ベストセラー作品を映画化ということで、映画「食堂かたつむり」を試写で見る。
なんの予習もなく、つまり原作を読まず見たので、小説に対する批評ではなく、素直に映画のみの批評ということを予めご了承願いたい。

▼主役倫子の設定
主役の柴咲コウが限りなくノーメイクのようなメイク。そばかすいり。
これが主人公の素朴さを出してて、柴咲自身のはっとするような美女というイメージをかき消している。
服装もいわゆる森ガールというべきなのか、たしかに素朴でナチュラルなんだけど、森ガールとはちょっと違うんじゃないかと思いつつ。
そして今回柴咲は声のでない役柄なので殆どしゃべらない。
会話は単語帳のようなものにささっとペンで書いてそれを見せる、ということで成立している。
声を失っているというのが彼女が失恋で何もかも失ったという状況をうまく伝えていると思う。
きっと、家財道具一切なくしたってだけでは彼女の大きな喪失について、きっとそんなに伝わりきらないと思うので。ただ、声をなくしたという女性が料理で人を幸せにする、という設定をみただけで、殆どの人が最後は彼女が彼女の料理で自分の声を取り戻すんだろうなとわかってしまうのはしょうがないとはいえ、もう少し意外性もあって良かったかなと思う。
料理を作ることがメインになっているとはいえ、この物語の肝は喪失と再生なのだろう。
だったら、もうすこし声の出せない彼女でもその心情を描くシーンが有っても良かった気がする。
もちろん、ふくろうのエピソードとか母との関係などで描かれているけれど・・・。

▼人との関係性
同じ村の同級生が倫子の料理を友達を連れてやってくるエピソードが個人的にはすごく気持ち悪かった。虫じゃなくても良かったんじゃないかなって思ったんだけど、それは友達が嫌がらせで、というのなら納得が行く。しかし、さわやかな食堂でのエピソードに突然挟み込まれるエピソードにしてちょっとエグい。しかも友人が故意にやったことを打ち明けたあと、倫子にそれに対するリアクションがないまま、最後、母親の結婚パーティーに普通に参加してるのにびっくり。
同級生の妬みに対する解決がなされていないんじゃないの?と最後まで気になった。
小説ではそのあたりちゃんと解決しているんだろうか・・・。
あと、突然訪れる主治医。そして主治医との結婚。
あれは昔離れ離れになってしまった彼なの?
ようやく巡りあえて、やっと二人が結ばれるってことなのかそれとも、ぜんぜん違うのかが微妙にわかりづらかった。話の流れ的には関係ない人だとしたらなんで今まで結婚してなかったのに、この人とは簡単に結婚を決意するのだろう?と疑問が生まれてしまうので、多分昔の恋人なんだろうなと結論づけたけど、映画ではセリフを聞きそびれたのかそのあたりがわからなかった。

▼ごはんでしあわせになる演出
倫子が作った料理で幸せになる演出がちょっと大げさ。
まぁ全体的にミュージカル風というか中島哲也のような鮮やかなオブジェクトの扱い方がなされていたので、そういう意味ではその中にうまく収まっているとは思うけど、料理を食べる度に漫画みたいに食材に囲まれてキラキラ〜っていうのは、そのたびに我に帰ってしまう。
特に、老婦人のエピソードの食べる度にどんどん若返るところが極端すぎる。
舞台ではあれくらいしてもいいけど、映画であれやっちゃうとなんか陳腐すぎて・・・。
あと、お妾さんという言葉。
べつにあれだと、お妾さんじゃなくてよかったんじゃないかなと。
愛する夫に先立たれて、失意にくれる老婦人だったら夢に夫が出てきて「どうせまたすぐにあえるじゃないか」的なことをいわれたといったあとの展開も素直に受け止められたのに。
あれでは本妻はどうなるの?と気になってしまう。あの世でも本妻は本妻でしょ?
しかも、倫子自体が不倫の子といわれていたというエピソードと老婦人はお妾さんという設定が映画全体をなにか猥雑なものにしている感じがしてそこもちょっといただけなかった。
それといえば、ブラザートムが演じる男性も離婚した妻が娘を連れて行って、という何気に寂しい状況。ああいうリアルな現実とあの世界のメルヘンなかんじがすごく乖離していて、わざとなのかもしれないけど、物語自体を素直に受け止めきれなかったのは事実。
豚を屠殺して食べちゃうっていうのもリアルだし、最後に鳩が激突して死んだのを食べるっていうのもリアル。メルヘンだけじゃなくて実際は食というものは「いただきます」という言葉に端的にでているとおおり「生物の命をいただきます」ということなんだっていうのをアピールしてるのかな。
でも、リアルとメルヘンの極端な行き来が見ているものをどっちつかずの気持ちにさせている気はする。あと、ぬか床のエピソードがあんまり生きてない。
このぬか床をもっと親子のエピソードに絡められていたらいいのに、中途半端すぎる。

▼本当の主役は母親かも
この物語のキーマンは倫子の母親。
この人がいなければこの映画は30分ももたないかも。
それくらいアクが強い。田舎なのに高級な生活。しかも豚と。
なんで豚?
まぁそれはいいとしても、そこまで高級な生活ができる生活基盤があのパブ(?)の収入だけでまかなえるとは思えない・・・。
謎が多いわりには単純に一途な女で娘思いのいいお母さんだったっていう。
あんまりひねりがない。でもきっとこの人のほうが主役よりいいキャラ。
アナザーストーリー的に展開出来そうなキャラだと思う。

▼結局よくわからない
雰囲気で楽しむ映画といえばそうかもしれない。
お料理がおいしそう!!っていう部分だけならそうだなーと。
ただ、前述した通り、どっちつかず過ぎて、妙な違和感だけが心に大きく残りそうな作品であることは事実。
笑っていいのか、本気なのかわからない。
誰向けなんだろう、この映画。

★★☆☆☆


こま撮りえいが こまねこのクリスマス ~迷子になったプレゼント~

評価:
---
ジェネオン・ユニバーサル
¥ 3,121
(2009-12-02)
コメント:リアルこまねこが欲しい

 近所のタワレコで衝動買い。
クリスマスも近いということで、クリスマス関係の商品が棚に揃っていたのだけど、そこにこまちゃんの人形付きのボックスが置いて有り、それが目に止まったのだった。
でも、前から思っていたことだが、こまちゃんは市販の人形になるとかわいくなくなるのだ。御多分に漏れずこのボックスに入っているこまちゃんもかわいくない。
なので、通常版を購入。
この作品は本編が20分、特典映像が60分というどっちが本編だよとつっこみたくなるような内容なのだが、どちらもおもしろく、これはぜひ本編だけではなく特典もみて、この気のとおくなるような作業のすごさを知ってもらいたい。

本編について特筆すべきは、こまちゃんの涙。
そしておじいとラジボーのかわいさ。
こまちゃんが本編では2回泣くのですが、1回目と2回目ではなく意味が違うのでそれを人形でどこまで表現出来ているかをみるのも楽しみのひとつ。
ちなみに、スペシャルゲストでどーもくんにでてくるうさじいも途中に一瞬だけでてくるので、それもチェック。
何でもデジタル、簡略、スピードという時代においてここまでアナログにちまちまとつくりあげていく人のぬくもりが妙にこの12月にはグッと来る気がする。
家族でお茶でも飲みながらほわわんと見て欲しい作品です。


時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫) 筒井 康隆

 何度も映像化されたもはや古典的名作をいまさら読む。
なんでかって?
仕事の関係上読む必要があると思われたので。

まぁ少年少女向けな作品なので、気軽に読めるだろうなと書店で手に取ったところ、ぱらぱらとめくってみると時をかける少女以外にも短編が2つも含まれている。
そうなのだ、時をかける少女自体は何度も映像化されてはいるが、原作は短編小説なのだ。知らなかった。
通勤電車で行きと帰りに1日で読めてしまうほどのライトさ。
だけど、タイムリープと恋愛を絡めている部分、当時はさぞかし斬新だったのかも。amazonのレビューにもあったけど、これはまさしく中高生のときに読めたらよかったなと思った。
今はこの作品よりもさらに、斬新な作品が世には出てきているので、今の時代、さらに今の年齢で読むとちょっと心もとない気もするのは事実。
だけど、このせりふ回しといい淡い恋愛といい、この絶妙な淡さが懐かしく切なくもあるのだ。
来年にはまた映像化されるという。
とはいえ、それはこの原作の主人公和子の娘が主人公。
娘であるあかりははたして母和子もかつて体験したタイムリープでどんな青春を駆け抜けるのだろう。


スター・トレック

評価:
---
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
¥ 2,985
(2009-11-06)

 スタートレックっていうと、あのテレビシリーズをまず思い浮かべると思うのですが、これは映画作品。しかも、J・J・エイブラムス監督作品です。
JJは「クローバーフィールド」という「ハチミツとクローバー」的なほんわかムード作品と思われがちで実はぜんぜん違うパニック映画という作品を作った人です。
「ゴジラ」+「ブレアウィッチプロジェクト」=「クローバーフィールド」と思っていただければまぁ、そんなに遠くない。
それはさておき、そのJJが別にスタートレック好きでもないのに製作したという作品ですが、本人の言うとおり、熱狂的なファンでなかったからこその新しい「スタートレック」という作品がそこにはありました。

とはいえ「スタートレック」についてはわたしもほとんど詳しくないので、ここが違う!とか具体的にいえないのですが、「スタートレック」を知らなくても楽しめるエンターテイメント作品に仕上がっています。
もちろん、TVシリーズを知っていると楽しめる部分はいろいろあるみたいです。

キャストについてですが、主役のカーク船長役は新進気鋭の若手俳優クリス・パイン。
Mr.スポックが「HEROES」でサイラー役としてしられるザカリー・クイントだったりします。ヒロインはジェームズ・キャメロンの「アバター」で元の顔がぜんぜん映らないゾーイ・サルダナ。
そして敵役に特殊メイクでこちらも元の顔がほとんどわからないエリック・バナ。
あと、おまけ的にウィノナ・ライダーがちょい役ででています。それ以外は私はあまりわからなかったなぁ。
そう、この映画は話題作でありながら、あまり著名なベテラン俳優が出演していません。主役のカークを当初はマット・デイモンがやるという話もあったのですが、結局ほぼ無名のクリス・パインが演じることになりました。
監督は「結果的によかった」とインタビューで述べていましたが、確かにこの作品はTVシリーズの以前を描いているので、あまり著名な役者が演じると、TVシリーズの役者とは別キャラクターのように思えてしまうこともあるでしょうから、私もこのキャストでよかったと思っています。
特にハマリ役だなと思ったのがMr.スポック役のザカリー・クイント。
あの非常に個性的な容姿がこの映画でも見事に再現されていて、TVシリーズのキャラクターとつりあっていました。
「この彼が歳を取ってああなるんだな。」と自然に思えるというのはTVシリーズを尊重したキャラクターづくりをしているってことでしょうか。

全体的に、テンポもよく、大人気TVシリーズのプロローグとしてもSF冒険活劇としても楽しめるつくりだったと思います。
このキャストでもう少し事後の話もあと、1,2作作ってもいいんじゃないかなとは思います。興行成績も全米では公開20日間で興行収入200億を突破という話もありましたし。ただ、JJがやるかどうかによるとは思いますけどね。


西の魔女が死んだ

評価:
---
角川エンタテインメント
¥ 3,410
(2008-11-21)
コメント:大森南朋みたいなお父さん、いいなぁ。

最近にありがちな原作本があるパターン。
原作本が非常に高評価であることと、実際に映画化したこの作品も高評価ということもあって閲覧。
西の魔女といわれる主人公の母方の祖母は登校拒否になってしまった孫をあまやかすわけでもなく、つきはなすわけでもなく自主性を重んじ、祖母と孫という関係性よりも同等の立場として彼女を扱う。
この西の魔女を演じるのサチ・パーカー。親日家であるシャーリー・マクレーンの娘さんだそうだ。
もともと、シャーリーにオファーがきた話をサチが演じることになったということだが、サチの演技力も非常にいい味を出していたと思う。
ただ、原作を読んでいない私は魔女が孫に話す口調が「ですます」調であることに若干の違和感を覚えた。外国の女性が孫に対して丁寧語で話す感じが微妙に耳慣れないせいなのか。もしこれが日本の女優さんだったら反対に違和感がなかったのかもしれない。
物語の後半、不登校の孫娘がある出来事から祖母の考えに反抗し、家を飛び出すことで、結局それが祖母と孫の最後に会話になってしまったわけだが、祖母の遺言ともいえるメッセージが生前に孫に教ええていたことと合致し、胸を打つ。
ただし、突き詰めると、伝えたいメッセージがいまいちよくわからないのも事実。
理解力不足なのだと思いたいが、一瞬感動する割には、後でなんでないたのかあんまりわからない、という状態に陥ってしまった。
小説のほうがたぶんその言葉の持つメッセージがよく伝わるんだろうなぁと。
この物語に圧倒的なメッセージなど求めていないが、もう少し何か感じ取りたかったなというのが正直なところ。


空気人形

評価:
---
バンダイビジュアル
¥ 2,952
(2010-03-26)


 人形なのに、もってはいけない心を持ってしまった主人公を軸に物語は描かれる。
この人形がこの世に命を受けた理由は一般的な人形とは違い、かなりシビア。
というのも、彼女は性欲の処理として使われるラブドールなのだ。
当然、持ち主の男に抱かれる。抗うことなどできない。なぜなら人形だから。
そんな中、ある日突然人形は心を持つ。
心を持つことで知る外の世界、持ち主とは違うさまざまな人間。
外見こそ同じだが、中身が空気か空気でないか、燃えるごみか燃えないごみか、区別はできてしまう。
だけど、人形ではない生身の人間も、実のところ、心は空虚なのだ。
物理的に空虚かそうでないか、というと区別はできるが、切り口を変えれば誰しもが空虚であることをこの映画はまざまざと見せ付ける。
過食症のOL、加齢気味の受付嬢、世の中の事件を自分が犯人だと思い込む老婆、単身赴任(?)のレンタルビデオ店長、元代用教員の老人、そして人形が恋する男性もまた心に空虚を抱えた若者だった。
誰しもが空虚で、それを解決する術を持たず、現状に甘んじている。
空気人形が心を持つことで、それは満たされるのかといえば、実はそうでもない。
愛情で満たされればすべては解決する、という短絡的な描写はない。
結果、物語は悲劇を迎える。
唯一、悲劇の後に迎える美しい朝と彼女の姿を見つけるOLだけが、この空虚で鬱積した世界から抜け出すきっかけを見つけるような描写で物語りは締めくくられるが、そこに続く答えは誰も知らない。

是枝監督が描きたかったのは人形の目から観る「空虚」と、そのキーワードで結び付けられている人間の孤独であり、絶望であり、そして希望なのだと思う。
ただ、表面的に観ると、グロあり、エロありで、ここにナンセンスでも加わるとかなり前衛的な作品になってしまいかねないのも事実。
そこのギリギリで食い止めて、現代を描く大人のための寓話として成り立たせようとしているのが演出やセットから見て取れるのがせめてもの救いかな。
ペ・ドゥナのかわいさと美しい裸体は見る価値があるが、大胆(を通り越した)な性描写は目を伏せてしまうかも。デートではあまりお勧めできない気がする。



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